中島茂「その「記者会見」間違ってます!―「危機管理広報」の実際」(日本経済新聞出版社)


その「記者会見」間違ってます!―「危機管理広報」の実際

その「記者会見」間違ってます!―「危機管理広報」の実際


企業広報の参考図書は数多あるけど、本当に有用なものは驚くほど少ない。
よくある、ベテラン広報マンやそのOBが心構えや経験則を綴ったものは、たとえ読み物として面白くても(それならまだいい方だ)、目新しい内容や実務に役立つ話はあまり無かったりする。
それも当たり前の話で、マスコミ・記者の気質や価値基準は今現在と例えば3年前や5年前、10年前ではぜんぜん変わっていて、その変化の速度は増すばかりだし、一般人がニュースをインプットするルートや受け止めたあとの行動様式も何年か前と今とではまったく異なる。企業を監督する行政や政治のスタンスなんかも同様。そんななか、マスコミと、さらにその向こう側にいるステークホルダーに対して、どのような関係性をどのような方法で構築すべきかという問いの答は結構なスピードで変容し続けているわけで、そんな企業広報の現場に「役立つ」話をこういう種類の媒体から得られることはまあ稀だ。

かといって、最近多い、「最先端の広報ノウハウ」をうたっている、どちらかというとマーケティング色の強い(という括り方はマーコムの専門家の方には失礼になるかもしれない)ケーススタディ消費財メーカーものが多い)を中心にした本も、「新しい」という点では確かにそうなんだろうけど、想定しているメディアが極端に偏っていたり、プレスを広告宣伝媒体としてしか捕らえてなかったりして、正直言って使えない。

前置きが長くなったけど、このように良書が少ないこのジャンルの中で、本書はかなりまともな部類に入ると思う。

本書の中で一番価値が高いのは「第6章 リーガル・チェックの必要性」の章。中でも、

の各項などは、一部の広報コンサルタントが作る顧客向け資料などを除けば、こんなふうにコンパクトに方針・考え方の肝を説明し、ポジションペーパーのポイント例にまで落とし込んで紹介している参考書は決して多くはないから、それなりに参考になると思う(勿論、解は1つではないから、あくまで参考扱いに留めて、各方針やポジションペーパーなどは自前で確立する必要があることは言うまでもない。例えば「法的手続きなどの進行と広報のスタンス」の項などは、一見解としては参考になったが、筆者個人は同意し難い点が何点かあったりした)。

7章・8章の記者会見ノウハウも、法曹家の視点も交えつつ、よくまとまっているので、知らない人にはもちろん、経験のある広報マンにとっても確認の意味で一読して損はないと思う。
もちろん、このあたりのノウハウは、広報コンサルタント/リスクコンサルタントの提供資料や、各種のメディアトレーニングで最も基本的な点として押さえられるところだけど、このコンサル・フィーが結構お高いですしねー。


冒頭でも触れたように、広報の仕事は正解がどんどん変容していくので、本書が有用なのはあくまでも「現在」という一時期だけかもしれない。でも、きっとそれでよいのだと思う。
できれば、著者の中島茂弁護士には、2年おきとかに改訂・補筆版を出していただければ大変ありがたいし、良い定本になると思うけど、難しいかな。