上杉隆「官邸崩壊」(新潮社)

官邸崩壊 安倍政権迷走の一年

官邸崩壊 安倍政権迷走の一年


丹念な取材を感じさせる力作。
例えば9日の日経新聞朝刊は第7面全面を割いて安倍首相辞任の特集記事を載せてたけど、その内容はというと、辞任からこれだけ日にちが経過したこのタイミングで、なぜこの内容を載せるのか、その真意を測りかねるほどの超薄。寿命の短い(たぶん今日の時点で誰も覚えていないと思う)、かつ価値の見出しづらい記事だった。比べて本書は、後年、安倍政権の代表的批評と位置づけられること請け合いの労作(単行本と新聞記事では字数や媒体の性格が違うからというのはまったく理由にならない。取材に投入しているマンパワーが桁2つ3つはゆうに違うのだから)。墜ちていく駄目な組織体の活写は鮮やかで、組織人なら読んでおいて損がない。

個人的には、NTT広報マン出身の広報担当首相補佐官の仕事とその環境についての記述が、特に興味深かった。

※しばらく広報担当者セミナーの良い教材になるんだろうなあ。


以下、本書の紹介から完全に脱線。

「自他共に認める広報のプロフェッショナル」。それがこの広報担当補佐官のキャッチフレーズなのだそうだ。「他」って誰が認めたんだろう?という脱力的疑問は、まずは置いておく。
2005年の衆議院選挙で自民党のPR戦略を担当して、その勝利に大きく貢献したとの分析があるらしい。その分析が正しいかどうかも、ええい、この際、置こう。
ただ、衆院選のあと、そう間をおかずに、自身の手で月刊誌や単行本で高らかにその高邁な戦略と効果を謳いあげるにいたっては、こりゃもうちょっとかなり置きづらい。何と言うべきか、この無邪気さ。それも政治家的戦略? いやそう言われてもなあ。どう腹に落とせばいいのか皆目見当が。
とにかく、05年の暮れ頃だったか、氏の文章を目にしたとき、「どう好意的に捉えても広報の常識からは相当遠いところにいるよなあ」などという、間の抜けた感想を抱いたことを覚えている。


その一方で、注目というか、ほんのわずかながら期待していたところも実はあった。


なんせ、職業「広報マン」として世の中の耳目を集めることができる人なんて、ほとんどいないわけで。その後、ヤンキースの広岡勲氏が出たおかげでちょっとは盛り返したものの、その前はといえば某ライブドアの某女史なんていう(ここ爆発の効果音を大きめで)ほぼ副作用だけの劇薬ぐらいしかいなかったし。少しでも「広報」の意義や役割を広めてもらえるならと、淡い期待を抱いた名もない広報マンは1人や2人じゃなかったんじゃなかろうか。
でも結果は、数倍のダメージとなって降りかかってきただけだったわけだけど。


ここまで書いたので、あえて話をさらに横道に逸らせると、広報実務担当者の大きな悩みの1つに、一般的なイメージと実際の業務の中身が結構かけ離れていることがあるように思う。
ほんの数年前、その悩みに拍車をかけ、世の多くの広報担当者にそれはそれは深いため息をつかせたベストセラーがあったのをご記憶か。「ライブドア広報 乙部綾子」(双葉社)。はかりしれないほどの広報業務に対する勘違い・誤解・幻想を生み出し、一説にはリスク管理コンサルティング業界が近い将来の需要激増を確信して狂喜したとも言われる(本当かな)この本。広報という職種を知らない多くの層にその認識を広めたという一点においては功があったという指摘もあろうが、完全に誤って浸透してしまった広報に対するイメージにより、幾多の広報マンは多かれ少なかれダメージを被った、というのが筆者の見立てなのだが、どうでしょうか。


強引に話を戻す。某女史の活躍(?)もあって、何にせよ「広報」という活字がこの頃ほどメディアに登場した季節はない。
その後間をおかずに、新政権で広報担当首相補佐官に就任することになるこの代議士が「プロフェッショナル広報戦略」(ゴマブックス)を出版したのは、間違っても偶然などではないはずだ。
もちろん本を出して何も悪いことなどない。ましてや政治家だ。当然の行動ともいえる。
ただ、広報関係者にとって厳しかったのはその内容だ。

嬉々として手の内を明かす(あるいは、明かしているように見せる)、そんな奇特な人間を目の当たりにしたとき、ただすげーと感心するだけのひとなんて(そりゃちょっとはいるかもしれないけど)ま、あんまりいない。普通に仕事をしてる人なら「で、なんでそんなことわざわざ言ってんの?」ぐらいは思う。「これが皆さんの知らない情報なんですよ」とさも未知の世界の種明かしをするかのように見せてるけど、でも実はすでにその情報なり旨味なりを消化し尽くしてて、とっくに次の段階(安全圏と言ってもいい)に進んだあとだったりして、その情報をオープンにすることに何もデメリットがないか、むしろ遅れてきたフォロワー層を形成することで何らかのメリットを享受できる、そういうことなんだろな、てなぐらいのことは考える。
で、多くの場合、拍子抜けするほどに実際そうだったりする。卑近な例でナンだけど、手品師がネタの最初のほうの種明かしをしてみせるのや、某国株で今含み益がどかんとあって何とかバブルがはじける前に全部売り抜けたいと考えているプチカリスマ投資家がセミナーとかで「オリンピックまでは絶対上がり続けますよー」とか言ってるのをイメージしてもらうと、よくわかってもらえると思う。
ただ稀に、こうした思惑や戦略のない「手の内」自慢もあるにはある。それらは往々にして、ひどい勘違いに基づくものだったりする。氏の一連の著述には、その種のにおいが強く漂っているというと言い過ぎだろうか。

もちろん代議士の書くものだからと割り切ればそれまでの話ではある。
でも、元NTT広報マンで、かつボストン大学でPRや危機管理について学んだプロが語る広報戦略、とか言われてしまうと、困ってしまう広報関係者は少なくなかったに違いない。

広報界(っていっていいのかよくわからないけど)が被った今回のダメージの回復に、総体としてどれぐらいの時間と労力を要するのだろうか。

んんー。何とも気が重い。