中原みすず「初恋」(リトルモア)

初恋

初恋


板尾日記2」で紹介されていたのを読んで、惹かれて購入。

私は「府中三億円強奪事件」の実行犯だと思う、と語る主人公(≒著者)。

「小説である以上、ここで書かれていることが真実かどうかは重要なことじゃない」という批評は、この作品については当たらない。全編を通して漂う肌を刺すような緊張感とある種の冷めた視線、そしてポイントポイントで顔を出す情緒に流された緩さ(と受け止めてしまったけど、この側面こそが本書を形作っているという指摘には同意)とは、「ほんとうにあったこと・作者の実体験」と読者に感じさせることで、結果的に共存し得ているからだ。

一方で、作者が対象化・方法化して本作を著しているわけではないことは明らか。何らかの効果を狙って緻密に各要素のバランスを計算したのではなく、偶然に、一種の奇跡としてここに成立している。
もちろん、だから良い・悪いという話ではない。本書が出版されたことも含めて、立ち現れた「奇跡」に一読者として感謝するだけのことだ。


主人公(≒著者)がこのうえなくこの「時」を愛おしんだことと、その「時」をこれまで封印して、ひとりで大切にしてきた作者の幸福とが素直に伝わってくる点が最大の魅力。
普通に読むなら、ここは「時」ではなく「ひと」と書くべきかもしれないけど、作者の意図は別にして、結果的に本作はそういうところにとどまっていないように思える。その意味では「初恋」というタイトルには微妙な違和感が残ったんだけど、これは読み方が違うのかもしれない。

そのあたりを確かめるためにも再読するつもりだが、しばらくは鮮やかな最初の読後感を大事にしたいので、当分手にとるのは止しておきたい、そんな小説だ。



板尾日記 2

板尾日記 2