伊坂幸太郎「重力ピエロ」(新潮社)


重力ピエロ (新潮文庫)

重力ピエロ (新潮文庫)


初めての伊坂作品。遅いな。

まず、兄と弟の間、そして父と息子たちの間の描写が心地よい。
「春」のキャラクターを絶賛する向きもあるらしい。けど、そこがこの作品の第一の魅力ではない。優れたキャラではあるけど、単独でみると、例えば舞城王太郎の「奈津川サーガ」の次郎ほどのインパクトがあるわけじゃない。比べるのが間違ってるか。でも作者だって、キャラだけをもっと立たせようと思ったらそれもできたろうし、それをウリにしたかったわけじゃないはずだ。
#キャラ造形なら、「父」のほうが絶妙だと思う。賛同得られる自信ないですが。

それよりも大きい魅力は、それぞれの関係性を立ち上がらせる会話と、全編にちりばめられたエピソード群。肝になるオリエンテーリングの話は言うまでもないけど、他にもイイところがいっぱい。
例えば、P44からの展覧会でのシーン。母のとった行動にはヤラれた。鮮やか。油断すると涙腺にくる。
個人的には、P78の春と浮浪者のキャッチボールを和泉が偶然見かけるシーンが特に好きだ。「この作者の雰囲気を安易につかみたいんだけど?」と訊かれたら「この7行だけでも読んで」と薦めたい。
会話では、やはり父の台詞にイイのが多い。あと「黒澤」。もちろん、兄弟の掛け合いも気持ちいい。

謎解きやトリックがどうこうという話ではないから、そこを批判するのはまったく不適。DNA云々はもっとすっきりコンパクトにできるという指摘はありえると思うし、たぶん正しいけれど、でもそこを突っ込む作品じゃない。

なお、兄弟の出した結論について、読者の賛否が分かれているそうな。個人的には「和泉」の結論に共感することはできない。「春」の方は、許されることとは思わないが、間違っていると断言することも難しい。だからこそのこの小説、だとも思う。



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