三宅伸吾「市場と法−今何が起きているのか」(日経BP社)


市場と法

市場と法


筆者は日経新聞編集委員(経済法制担当)。近年「暴れ馬」と化した資本市場を包囲する法制度や監視機能は十分整備されているか、ルールを運用する官や司法サイドは信頼に足る状況にあるかといった視点から、最近のインサイダー事件、粉飾決算、敵対的企業買収などのケースを、記者の立場で考察している。


近年の経済事犯がその判例の抜粋も含めて総覧的に整理されていて、例えば旬刊商事法務やら金融法務事情やらを毎号熟読しているような専門家の方々は別にして、一般の企業人にとってはお手軽で大変ありがたい。
また、社会的・政治的背景も織り込みながらの解説は、逆にそうした定性的な要素を取り除くことに重きを置く法曹専門書には期待しにくい点で、その意味でも有効だ。
本書が今この時に出版された意味・価値の大きさも強調したい。


日経ならではのディープな取材成果も、そこここに挿入されている。
例えば、日興コーディアルグループ粉飾事件で、日興の首脳がある証券取引所のトップに手渡したという上場維持を求める上申書の抜粋が掲載されていて、その内容とアクション自体に瞠目したが、この内容が公になるのは本書が初めてではないだろうか。
(ただ、日興事件に関しては、日経自体が放った「日興、上場廃止へ」との誤報とそれに端を発した各社の後追い報道、そしてその後の上場維持決定について、まるで他人事のように簡単にまとめていた。この、自社の報道内容に責任を負う気のまったく感じられない記述には、大きな疑問を持ったことを書いておきたい。今年3月13日のお詫び記事で「今後とも本紙はこの問題について詳細に取材、報道していきます」と表明した結果がこれなのだとすれば、このエントリーである種の評価と期待を示した者として、本当にがっかりしてしまう。この事件のこの局面では、客観的にみて日経は間違いなく1プレイヤーとして参戦していたのだし、それによって損失を被ったひとだって多いはずだ。能天気に「シティの強運」などと傍観者づらをされては困る。読者は鼻白むどころか、一種の諦念をもって呆れるほかないではないか)


注釈が多いのも誠実だ。それも、引用元が定本だけでなく、著名法律家のブログだったり、日経主催のセミナーでの発言だったりと多様なのも良。巻末に挙げられている取材協力者の一覧も壮観で、特に弁護士についてはちょっとした現在のスター弁護士リストになっていて、別の楽しみ方もある。


素人には読み解きにくい判例解説書の類いとは一線を画した、読み物としても相当に面白い1冊。金融マンだけでなく一般の企業人にとっても必読と言っても、決して言い過ぎではないと思う。