朽木ゆり子「フェルメール全点踏破の旅」(集英社新書)


フェルメール全点踏破の旅 (集英社新書ヴィジュアル版)

フェルメール全点踏破の旅 (集英社新書ヴィジュアル版)

つくづく思うけど、小・中学校での西洋美術教育ってほんとに役に立ってない。教科書に世界を代表する名画が数多く掲載されていて、それを通覧することにもそりゃそれで意味はあるとは思う。だけども、幼い頭にいくつかの作品名と作者名はぼんやりとインプットはされたとて、その並列的な記憶がいわゆる教養として昇華されたかとか、少なくともそのとっかかりになったかというと、かなり怪しい。


例えば、絵画というものが、なぜ世に送り出されるのかという疑問。恥を忍んで告白するけど、大人になってしばらく経つまで、多くの名画が誰かの発注によって創作されるという単純なメカニズムをほとんど理解できてなかった。

宗教画が教会サイドの発注によって描かれたのは何となく想像がつく。ときの統治者の肖像画は権力サイドが発注したであろうことも容易にわかる。
しかし、じゃ風俗画は? 風景画や静物画は? この問いには恥ずかしながら今もきちんと答えることができない。その時代時代の絵画の位置づけや風俗、政治・社会背景をわかっていないと想像することも難しい。

「そんなのは絵そのものとは関係ない、付属的な知識だ」と言われる向きもあるだろう。絵を鑑賞するということは、そういう予備知識をいっぱい武装して頭ですることではなく、ただ観て感動すればいいだけのことだと。事実そうかもしれない。美術鑑賞の素人としてはそれを否定できないだけでなく、正直ほんとにそうなんじゃないのと思っている部分も実はまだちょっとある。でも、残念ながらどうやらそうではなさそうだ。そうした背景なんかまでも知ったうえで鑑賞したほうが、実はずっと面白い。本書はそうした基本的なことを押し付けがましくなく、素人にもわかりやすく教えてくれる本だ。


本書が美術に何の関心もなかったひとにもすーっと読める、その最大の理由はもちろんフェルメールという、“美術素人”にもファンの多い画家、作品が主題であることだけど、それだけではない。「旅」と銘打たれているように、紀行文的要素もあり、中に出てくる国の1つにでも行ったことがあったり、関心があるひとにはとても馴染みやすい。また、しかめつらしい美術解説書のような難しい解説文は極力排除されていて、かつ端的で、素人にも優しい。
さらに掲載されている写真がどれも美しい。発色を考慮して選ばれたであろう紙の質もよく、ページを捲るのが楽しい。フェルメールが好きでも、高価で場所もとる大判の美術書には手を出しづらいなと考えるひとは少なくないと思うが、そうした層にも格好の本になっている。